コーチを首絞め!“天才で問題児”ラトレル・スプリーウェル、波乱万丈キャリア

コーチを首絞め!“天才で問題児”ラトレル・スプリーウェル、波乱万丈キャリア


ラトレル・スプリーウェルが本格的にバスケを始めたのは、高校4年生の時。それまで陸上の選手として活躍してきたが、高校のチームでバスケを始めると、すぐさま頭角を現した。

その後、進学した短大でも大活躍し、アラバマ大の目に留まり編入。そしてNBAのドラフト指名を受けたが、当時はまだまだ全国的には無名であり、スプリーウェルを指名したゴールデンステート・ウォリアーズのドン・ネルソンGMを疑問視する声も多かった。

しかし、スプリーウェルはNBAの舞台ですぐに開花。ルーキーシーズンから平均得点15.4点を挙げ、オールルーキー2ndチームに選出される。翌年は総出場時間でリーグ1位を記録し、1試合平均43分出場と毎試合平均5分足らずしか休まず、平均21得点を記録。そのシーズンNBA最高の5人が選ばれる、オールNBAファーストチームに選出された。

NBA以前には全くの無名だったスプリーウェルは、瞬く間にリーグを代表するスターに成長。ドン・ネルソンの目は正しかったことが証明された。

https://www.youtube.com/watch?v=hsaYHiuCnIU

https://youtu.be/AZ6BwrUoEyE

しかし、思わぬ形でスプリーウェルの評価が下がることになる。個人の成績は順調に伸ばしていったもののチーム成績は振るわず、なかなか勝てるチームにはならなかった。さらに選手に厳しいと評判のヘッドコーチ、P・J・カーリシモが就任し、スプリーウェルのフラストレーションは頂点に達した。

二人はチーム練習中に口論となり、カーリシモが何度も罵声を浴びせる形に。それに耐えかねたスプリーウェルが彼に襲い掛かり、首を絞める事態となった。チームメイトに一度は静止されたものの、その後もう一度カーリシモに殴り掛かかるなど怒りを抑えきれず、さらにこの事件は大きく報道されたことによってスプリーウェルは無期限の出場停止となってしまった。

結局その後1年間はプレイできず、翌シーズンへ。出場停止は解除されたが、今度はリーグが選手側と揉めロックアウトとなり、シーズン開始が遅れてしまった。この時、同時にスプリーウェルはチームに見放され、ニューヨーク・ニックスにトレードされることになる。

ニックスではチームのエースの一人であったアラン・ヒューストンとポジションが重なり、ベンチ出場となってしまったが、持ち前の得点力でチーム2位の平均得点を記録。そしてギリギリ進出したプレイオフで、ニックスと共に“ミラクル”を起こすこととなる。

8位シードでプレイオフに進出したニックスは、1回戦からシーズン1位のマイアミ・ヒートと対戦。圧倒的に不利かと思われたが、接戦の末3-2でシリーズを制覇。そのままカンファレンス準決勝、決勝も見事突破し、ついにNBAファイナルへと進出した。

第8シードがNBAファイナルに進出したのは史上初であり、その奇跡から“ミラクルニックス”と呼ばれた。惜しくもファイナルではティム・ダンカン率いるスパーズに負けてしまったが、スプリーウェルは平均26得点を記録し、暴行事件で落としてしまった評価を補って余りある活躍を見せたのだ。

その後も「給料が安すぎる」との理由で契約延長を断ったり(実際には安すぎることはない)、女性から暴行罪で容疑を受けたり、最後まで問題が絶えなかったスプリーウェル。しかし、その破天荒なキャラや見た目はファンが多く、この浮き沈みの激しいキャリアこそスプリーウェルだ! というファンも多いはずだ。

https://youtu.be/gJvBwWX1Xyo