乱闘上等、公共の敵…バッドボーイズの“極悪ケンカ番長”ビル・レインビア

乱闘上等、公共の敵…バッドボーイズの“極悪ケンカ番長”ビル・レインビア


1989年と1990年にNBA二連覇を成し遂げたバッドボーイズ、デトロイト・ピストンズのアニキ分だったのが、センターを務めていたビル・レインビアだ。

レインビアはピストンズの中でも特にラフプレイの多い選手で、他のチームの選手や監督、ファンからとにかく忌み嫌われていた。そんな彼の印象から、「Public Enemy(公衆の敵)」というあだ名が付いたほどである。

まるでNBAの悪役を代表するような彼だが、実は父親が大企業の役員であり、いわゆる“お坊ちゃま”であった。しかし、大学1年生時に学業不振で試合に出られない年があるなど、そんな家庭にも色々と葛藤があったように伺える。

ただ、大学2年からはしっかりと勉強をしてチームに合流し活躍。卒業後にNBAドラフトを受けるが契約の遅れなどの理由から、イタリアのリーグを選んだ。イタリアで20得点10リバウンド以上の平均成績を残し凱旋帰国すると、NBAのキャバリアーズに入団。平均9.8得点8.6リバウンドと、良成績を残して“あの”ピストンズへとトレードされることになった。

ピストンズに移籍した2シーズン目には13.6ポイント12.1リバウンドと平均ダブルダブルを記録。長距離のシュートが得意で、ディフェンスもブロックやスティールで存在感を見せつけていた。そしてこの年から3年連続でオールスターに選ばれるなど、リーグ有数のセンターに成長する。

https://youtu.be/fV298N025m4

なんといっても彼の持ち味は、そのフィジカルなディフェンス。簡単に得点を奪われそうなものなら、顔面にパンチをお見舞いしたり体当たりをしたりと、何をしてもお構いなし。そのラフプレイに相手がビビッたり、イライラすればレインビアの思う壺だ。

実際に乱闘騒ぎは数多く起こし、さらに黄金期のブルズを支えたスコッティ・ピッペンはレインビアのラフプレイにより試合前に片頭痛に襲われ、大事な試合を欠場するハメになったこともある。

https://youtu.be/2fjbFvHifQw

このように悪童のイメージがとても強いレインビアだが、引退後は意外にもコーチ業で成功を収めている。女性版NBAの“WNBA”のデトロイト・ショックの監督に就任したシーズンでは、それまで0勝10敗だったチームを8勝7敗に建て直した。

さらに翌年には選手編成にも着手し、レインビアが獲得した選手は新人王を獲得。チームも25勝9敗にまで成績を伸ばし、レインビアは最優秀監督に選出される。チームも最後まで勝ち進み、チーム初の優勝を果たした。

選手時代から自らの能力とできることを踏まえて、いい形ではないが凶悪なプレイでチームを勝利に導いていたレインビア。そのラフプレイの裏には緻密な計算が隠されていたのかもしれない。

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