マット・ヘンズリー 軍パン、チェーンウォレット、ベスパをスケーターに流行らせたレジェンド

マット・ヘンズリー 軍パン、チェーンウォレット、ベスパをスケーターに流行らせたレジェンド


ストリートカルチャー、ひいてはスケートカルチャーのイノベーションの肝は、他のカルチャーのエッセンスをいかに自然にスケートボードと融合させて、新しい価値観を築き上げることに終始される。

今回紹介するマット・ヘンズリーという80年代後半から90年代初頭にかけて活躍したスケーターは、モッズやスキンズといったヨーロッパのユースカルチャーをイチ早く取り入れて、時代を先取りしたスケーターとして知られている。

自身が手がけた「A-1 MEATS」というウィール(スケートボードの車輪)カンパニーの広告を見てほしい。ゴリゴリにカスタムされたベスパに、ナショナリスト的ワッペンを貼り付けたMA-1というフライトジャケットを着て登場している。

当時、ミリタリーアイテムに注目していたスケーターなど、ヘンズリーをおいて他になく、多くのスケーターをアッと言わせた着こなしだった。「なるほど、スケートボード×モッズはこんなにもクールなのか」と感度の高いティーンエイジャーは大きく首を縦に振った。

彼のミリタリー好きはフライトジャケットだけに留まらず、ドイツ軍のモルスキン生地の軍パンを短パンにカットオフし、ハーレーダビッドソンのチェーンウォレットをぶらさげて、「AIRWALK」のハイカットをハサミで切ってローカットにして着こなし、イノベーションをスケートファッションシーンに巻き起こした。一時期、チェーンウォレットが世界的に流行ったことがあったが、実は元をたどればヘンズリーの影響なのだ。

今では当たり前のように6ポケット(軍パン)の七分パンツが存在するが、もちろん、軍でそんなアイテムを製作していたことはなく、そうしたカスタムを作り上げ、それにウォレットチェーンを合わすというスタンダードを構築した人物こそヘンズリーなのだ。 海を越えた日本でも、かの藤原ヒロシが真似していたのだから、その革新性は確かなものだ。

そして ヘンズリーはスケートから少し離れる手前くらいに、ドクターマーチンを履いてスケートしていたという事実も見逃せない。その後、ドクターマーチンが'90年代初頭に流行りだしたのは言うまでもない事実だろう。

現在は、アコーディオン奏者としてアイリッシュパンク・バンドを率いるヘンズリー。天才のやることは謎に満ちているが、彼を追うことはストリートカルチャーの未来を予測することでもあるのだ。

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